えすのおと

16歳の現役高校生 “えす” のブログ。

服装を気にせずに出掛けれるようになったら人生勝ちだと思う。


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どうもどうも。

万年ジャージズボン&クロックスの高校生 “えす” です。 

 

なんかもうこれ自分の鉄板ネタになってきたね。笑

今まで何度言ってきたことか...

 

現在は無地の長袖にジャージズボン。

 

その全体的に細い容姿も相まって見た目は完全に病人。

時期も時期なのでインフルにでもなったのかって感じです。ちょっとインフルには早いか。

 

 

某計画通りな漫画に出てくる “L” っぽさもありますね。

 

ブログタイトルも似てて著者も似てるって、

そろそろ著作権かなんかで訴えられてもおかしくない域まで来ているな・・・w

 

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昨日書いた一見 頭おかしくなった感のすごい記事に

我らの師匠、エノモト氏からこんなコメントを頂きました。

 

ナルシストになりたいんよ。 - えすのおと

僕も服はこだわりないなぁ。毎日同じでもいいよ!それがジョブズ式。ほらぁーエノモトさんって、優しくて、面白くて、誠実で、メンタル強くて、努力家で、身長低くて可愛いし、ブサメンでも笑顔が素敵なんだよねー

2017/10/13 09:36

 

後半はちょっと何を言ってるのか意味がよく分からないんだけど、

加えて何かとジョブズ式とか言っちゃう所に絶妙なる薄っぺらさを感じるんだけど、

このコメントにある「服に拘りがない」という点。

 

自分も同じく服に拘りはないんですよ。

さっき書いたとおり今も無地の長袖1枚にジャージズボンだからね。

強いて言うなら動きやすい軽い服装、ぐらいの拘り。

 

 

そんな中で常日頃から頭の中で考えている事があって、タイトルの通りなんだけど、

服装を気にせずに出掛けれるようになったら人生勝ちだと思うんですよ。

 

 

今回はその件について書いていきます。

 

 

勿論ファッションが無駄と言っているワケではありません。

 

まず初めに言っておくと、

この服装を気にせずに出掛けれるようになったら人生勝ちっていうのは

勿論ファッションは無意味だと言いたいワケではありません。当たり前だけど。

 

純粋にファッションを楽しんでいる人もいるからね。女性は特に。

 

まぁ(見た目は男らしさゼロだけど中身は)男の私には

女性の気持ちなどというものは到底分かり得ないので

迂闊に口出ししていい話でもないってのは重々承知しているんだけども。

 

 

とにかくファッションが無駄と言っているワケではありません。

 

ファッションを楽しみ、ファッションでモチベーションを上げ、

ファッションで人生を豊かにし、そして幸せに生きている方々を

否定しているワケではなく、否定するつもりも更々ないです。はい。

 

そこはまず初めに分かって頂きたい。

悪しからずってヤツ。ちゃんとした意味よく知らんけど。

 

 

事の問題は私の “服装を決める基準” にある。

 

一方、私はファッションに まっっっっっっったくもって興味がありません。

 

まだファッションを楽しむという境地には達していないワケです。

そんなお年頃です。(15歳)

 

服なんてここ3年間ぐらい1度も買ってないんじゃないかな?

引き籠もってたから仕方ないけど。引き籠もりにファッションは不必要だし。

 

 

まぁ幼少期から兄のお下がりばっかだったから

服を楽しむという感性が培われていないってのもあるよね。たぶん。

今着てるジャージズボンも確か兄のお下がりだった気がする。笑

 

自らファッションを楽しんでいく力がない。パッションがない。

中学生の頃は兄がそうしていたので「中学生=ジャージ」だと本気で思い込んでいた。

 

後にさすがに上下ジャージはダサいと気付いたが、結果として今はこのザマだ。

 

 

...少し話が逸れてしまいましたが、事の問題はファッションに全く興味がない私の

『他人に見られて恥ずかしくないか』という服装を決める基準にあるんですよ。

 

そもそも引き籠もりだから滅多に外には出ないんだけど、

たま~に出掛けるときの服装を決める基準が

気分などの主体的なものではなく他人に移ってしまっているというワケ。

 

ファッションに興味がないという根本的な問題。

それに加えて人の目を気にした結果、そうなってしまう...。

 

 

「自分軸」と「他人軸」。

 

なんかすっごいプロブロガー() みたいな意識高い系ワードなのですが、(笑)

主体的な「自分軸」と客体的な「他人軸」があります。

 

目指すべき楽な生き方をするには前者の自分軸を選ぶ必要があると個人的に思っていて、

人と比べたり人に合わせたりする他人軸からは脱却するべきなんですよ。

 

もちろん状況によっては他人軸にせねばならない場面もあるかもですが、

ベースは常に自分主体の自分軸を持っておくことが大切。

 

 

なんだけど、今回の「他人に見られて恥ずかしくない格好」という判断基準は

完全にどこからどう見ても他人軸になってしまっているんですよね。

 

他人から見られてどう思われるかという他人主体の判断基準を基にして

それなりにちゃんとした服を着て出掛けるようにしてしまっている。

 

それじゃダメやん。と、他人軸じゃダメやん。と。

 

根本では自分軸で主体的に楽しむべきファッションを、

無理して他人軸でやっているという事実に、最近やっと気付きましてね。

 

 

まぁこの “服装を気にせずに出掛けれるようになったら人生勝ち” ってのは極論かもだけど

ファッションに限らず人生は常に自分軸で彩っていくべきものなんだと、

今回の件を通じて学んだのでした・・・

 

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まとめ

 

以上、途中から唐突に意識高くなる薄っぺらい記事でした。笑

 

 

最近は比較的 服装を無理に気にすることもなくなり、

ほぼ人に会わない近くのPOSTに郵便物を投入しに行くぐらいなら

別に上下ともに穴が開いた服でも平気に。(方向性間違ってる感)

 

外食とか映画館に行ったりする時はさすがにちゃんとした服を着ちゃうんだけど、

どこへでもジャージで行ける無神経な人間が1番最強な気もするので

究極的に言えばその境地に達したいと思いつつ...(方向性間違ってる感)

 

今までの人生は他人軸で生きてきた面がかなりあったからね、

今後は自分軸で、自分勝手に生きていきます!(方向性間違ってる感)

 

 

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なんか上手く書けなかったZE☆